中国で商標を先に取られる仕組み|越境ECセラーが出品前に確認すべきこと
中国の商標登録は「取れば安全」ではありません
中国市場に商品を出すとき、越境ECであれ一般貿易であれ、多くの方が最初に気にするのが「商標」です。権利さえ押さえれば安全にビジネスを展開できる。そう考えるのは自然なことだと思います。
しかし、中国の商標登録はゴールではなく、スタートラインです。登録しなければ3つの負け方が待っていますし、登録していても2つの罠が残ります。さらにその手前に、「使っているのに、先に出願されて権利を失う」という、日本の感覚では想像しにくいリスクがあります。
この記事では、現場で実際に起きているトラブルの構造を5つに分解し、そのうえで個人セラーが今日から取れる手順までを整理します。
前提:中国は先願主義。使っていても、先に出願した人が勝ちます
まず押さえていただきたいのが、中国の商標制度が先願主義だという点です。実際にその商標を使っているかどうかにかかわらず、原則として先に出願した者が商標権を取得します。何年その名前で売ってきたかは、それ自体では権利になりません。
そして、この制度のうえに膨大な母数が乗っています。中国国家知識産権局(CNIPA)が2026年1月23日に発表した2025年の総括によれば、2025年に新規登録された商標は420万6,000件、有効登録商標の総数は4,987万7,000件に達しました。約5,000万件の登録商標がすでに存在する市場に、私たちは後から入っていくことになります。
この環境で起きるのが、第三者が他人のブランド名を先回りして出願する冒認出願(中国語で「抢注」)です。日本貿易振興機構(ジェトロ)も、悪意の商標出願に関する相談が増加していることを指摘しています。厄介なのは、冒認出願であっても登録されてしまえば中国国内で法的効力を持つという点です。自分が育てた名前を使い続けたことで、こちらが商標権侵害を問われる。そういう逆転が現実に起こります。
商標登録「なし」で待ち受ける3つの負け方
まずは、商標を持たずに丸腰で市場に入った場合の典型的な失敗構造です。大きく3つのパターンがあります。
1. メーカー競合型:味方からの背信
意外に思われるかもしれませんが、最も厄介なのはメーカー自身とのバッティングです。販売会社として時間と広告費をかけて市場を開拓したにもかかわらず、そのメーカーが直接販売に乗り出してくる。権利関係のトラブルに発展するケースです。
扱っている商品が間違いなく「オリジナル(本物)」である分、防ぎようがないのが実情です。商標を持っていなければ、開拓した市場を明け渡すしかありません。この構造が実際にどう崩れていくのかは、代理店の連携ミスと製造工場の直販が招いた中国市場崩壊のケーススタディで詳しく書いています。
2. 類似品発生型:勝手に増殖するバリエーション
市場で商品が少しでも跳ねると、一瞬で類似品が出回ります。オリジナルより価格を下げる、内容量を増やす、おまけのケースを付ける。こちらが決めたはずの商品ラインナップが、勝手に増やされていきます。
「利益を抜ける」と判断されれば、手段は選ばれません。そして商標がなければ、それを止める法的な根拠がこちらにない、ということになります。
3. すり替え型:時間をかけた乗っ取り
これが最も静かに進みます。最初はオリジナル商品を正規に仕入れ、本物を販売して市場に定着させる。買い手のなかに「この店=この商品」という印象が根づいたころ、扱う商品を徐々に自社ブランドへとすり替えていく手法です。
越境ECではプラットフォームの監視が働くため発生しにくいのですが、一般貿易のルートに乗ると普通に起こりえます。商標登録がなければ、この乗っ取りを止める手立てがありません。流通ルートの設計そのものが防衛線になるという話は、中国に日本製品を輸出する前に知るべき流通構造で整理しました。
商標登録「あり」でも安心できない2つの罠
「なるほど、では商標を取りさえすれば大丈夫だ」。そう思われた方に、もう少しだけお付き合いいただきたいと思います。中国で商標登録を完了させていても、安心はできません。ここからが『越境の論理』です。
1. 上昇型:ブームが呼ぶ偽物の群れ
商品が人気になり、販売価格が上昇していくパターンです。一見すると喜ばしいことですが、正規代理店だけでなく個人輸出(中国側から見れば輸入)でも利益が出る水準になるため、横流しが爆発的に増加します。
利益が抜ける以上、偽物も同時に発生します。人気が続くあいだ、売上とリスクは並んで上がり続けます。商標があれば、この対策に動くときの手続きは格段にスムーズです。しかし積極的に動かなければ、バズが終わった時点ですべてが終わります。商標は「対応するための武器」であって、持っているだけで人気が守られる道具ではありません。商品は守れます。市場で生き残れるかどうかは、別の話です。
2. 下降型:利益なき信頼の末路
逆に、人気商品であるがゆえに価格競争が起き、価格が下がっていくパターンです。ネームバリューと信頼は確立されているので、需要そのものは長く続きます。
ここに落とし穴があります。売っても利益が出ない水準まで価格が落ち込むと、なんとか「利益を抜ける人」になろうとする業者が現れる。コスト削減の名目で偽物を混入させるリスクが立ち上がるのです。需要だけが残り、正規品が引き合わない状態は、偽物にとって最も居心地のいい環境です。この段階で商品を守るには、商標は必須です。
なぜ売れた商品ほど早く死ぬのか。その構造は中国市場で「バズった商品」が二度と売れない構造的理由に書いたとおりです。
先に取られてしまった後に、打てる手はあるのか
ここまで読んで、「もう先に出願されているかもしれない」と不安になった方もいると思います。手はあります。ただし、いずれも時間と費用がかかります。
- 異議申立て:出願が公告されてから3か月以内であれば、先行権利者や利害関係人が商標局に異議を申し立てられます。期限が短いので、公告を見張っている必要があります。
- 無効審判:すでに登録されてしまった商標について、その登録の無効を求める手続きです。
- 不使用取消審判:登録商標が正当な理由なく継続して3年間使用されていない場合、いかなる法人または個人も取消を請求できます。冒認出願は「取っただけで使っていない」ことが多いため、実務上これが有効に働く場面があります。
費用面では、ジェトロの中小企業等海外侵害対策支援事業(冒認商標無効・取消係争支援事業)という制度があります。冒認商標を取り消すための異議申立て・無効審判請求・取消審判請求にかかる代理人費用について、助成率3分の2、上限500万円で助成が受けられます。対象は中小企業支援法に基づく中小企業の要件を満たす法人などで、個人事業主が対象になるかはページ上に明示がありません。該当しそうな方は、応募前にジェトロへ直接確認されることをおすすめします(2026年度の応募受付期限は2026年10月30日17時と案内されていますが、年度ごとに変わりますので必ず公式ページでご確認ください)。
ただ、率直に申し上げれば、これらはすべて「取られた後」の話です。助成があってもなお、争えば時間が溶けます。その間、こちらは自分のブランド名を中国で使えません。先願主義の国では、売る前に出す。これに勝る対策はありません。
個人セラーが今日から取れる3つの手順
大企業の知財部のような体制がなくても、順序を守れば守りは立ちます。
手順1:売る前に、その名前が空いているか調べる
商品名・ブランド名・ロゴ。中国で使う予定のものを、出品前にCNIPAの商標データベースで検索してください。すでに他人の登録があれば、その名前で売り出した瞬間にこちらが侵害者になります。調べるのは無料です。調べずに売り始めるコストのほうが、はるかに高くつきます。
手順2:売れてから出すのではなく、売る前に出す
「売れてから商標を取ろう」は、先願主義の国では順序が逆です。売れた事実こそが、冒認出願する側にとっての合図になります。跳ねてから動くのでは、たいてい間に合いません。使う予定の区分は、実際に売る商品カテゴリだけでなく、模倣されやすい周辺カテゴリまで含めて検討する価値があります。
手順3:現地の市場を、自分の目で見続ける
そして、これが最も抜けやすい手順です。商標は「魔法の盾」ではありません。権利を取ったうえで、市場をどう監視し、どうコントロールするか。類似品が出たことに半年後に気づいたのでは、権利があっても手遅れです。
ここで誤解しないでいただきたいのは、「現地パートナーに任せればいい」という話ではないことです。少なからずこれに関わってきた身としては、パートナーは依存する相手ではなく、検証する相手だと考えています。その理由は海外進出でパートナーに依存してはいけない理由に書きました。信頼できる現地の目は本当に貴重です。ただし、その報告が正しいかどうかを自分で確かめられる状態は、別に用意しておく必要があります。
問題は、日本から中国のECサイトを見ても、市場の実態が半分も見えないことです。表示される価格も、検索結果の並びも、日本のIPアドレスからでは現地と一致しません。自社商品の類似品が何位に何件並んでいるのかを、現地と同じ条件で確認できなければ、監視は成り立ちません。この構造については越境ECリサーチとVPNの関係で詳しく扱っています。
私自身も、中国のビジネスパートナーが日本のECサイトへアクセスする際に回線が重く、価格を確認するたびに日本側へ折り返しの連絡が必要でした。VPNを導入してこのタイムラグが消えたとき、これはツールではなくビジネスインフラなのだと実感しました。監視の話も、まったく同じ構造です。見えなければ、守れません。
どのサービスを選ぶかは用途によります。中国からの接続実績、日本国内サーバーの有無、同時接続台数といった基準の整理は、越境EC・海外輸出に使えるVPNおすすめ4選にまとめました。
まとめ:商標は入口であって、出口ではありません
整理します。中国は先願主義であり、約5,000万件の登録商標がすでに存在します。商標を取らなければ、メーカー競合・類似品・すり替えという3つの負け方が待っています。取ったとしても、上昇型と下降型という2つの罠は残ります。先に取られた後にも手続きは残されていますが、時間と費用の代償を伴います。
ですから順序は、こうなります。調べる。出す。そして見続ける。
商標は、争うための足場を作ってくれます。しかし足場の上で何が起きているかを教えてはくれません。机上の空論ではなく、現場で何が起きているかを自分の手で確認し続けること。それが、権利を実際に機能させる唯一の方法だと考えています。守りを固める具体策は、越境ECで生き残るセラーの条件もあわせてお読みいただければ幸いです。
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